<< December 2017 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>

<< 2年半というご無沙汰 | main |

スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

| - | | - | - | |

物語:「ビターチョコレイト」

「ビターチョコレイト」
 
 
  
 渡されてから初めて気付いた。それぐらい、あの時の俺にはどうでもいいことだった。
「良かったらこれをお食べ」
 そう言ってばあちゃんが俺に渡してくれたのは、市販されているチョコレイト。特にラッピングがされているわけでもないのに、ヨボヨボの両手で、大事そうに抱えられている。
 
 今日はバレンタインデー。
 
 特に子供の頃からモテないわけでもなかったけど、俺は昔から甘いものが嫌いだった。汁粉とかはまだ食べられるものの、ケーキやチョコ、砂糖の入ったコーヒーなんかはもう何十年も口にしていない。もちろんこれからだって、食べることはないだろう。
 もう三十路を迎えている孫に、八十を過ぎたばあちゃんがチョコを差し出す姿は、世間にはどう映るもんなんだろうか。

 震えた手でチョコレイトを持つばあちゃんに、できるだけ嫌味にならないように、俺はこう言い返した。
「ばあちゃん、甘いもの好きだったろう。良かったら自分で食べなよ」
 痴呆気味になっていたばあちゃんには、その意味が分からなかったのか。微笑んだばあちゃんは、俺にチョコを差し出したままだ。
 何だか息苦しくなった俺は、椅子から立ち上がって、念を押すように『ばあちゃんが食べなよ』と吐き捨てる。
 ようやくその意味が分かったのか。ばあちゃんは残念そうに目を伏せて、ヨロヨロと隣の部屋に戻ってゆく。俺はその後姿に何か言おうと口を開いたが、伝えたい言葉が見つからなくて、結局口をつぐんでしまった。
 

 そうして、そのやりとりは、俺にとって一生やり直せないものになってしまった。
 

 足があまり動かないばあちゃんが、どうしても自分で買いに行きたいからと、おふくろが肩を貸してスーパーまで連れて行ったんだと、俺は後から聞かされた。えっちら、おっちら。その思いを乗せて、どこまでも時間をかけて。
 最初は悪い冗談だと思った。階段の上り下りでさえ、苦しそうな顔で足を擦っていたばあちゃん。あの足の悪さはハンパじゃない。もし家から、あの足を引いてスーパーを往復してきたんなら、帰ってくる頃にはたっぷりと日が暮れているだろう。
 痛くて辛かっただろうに、そこまでの思いをして、チョコレイトを買ってきてくれた。
 甘いものが嫌いだからという理由だけで、俺はそれを撥ね退けてしまった。
 

 何で俺はあの時、ありがとうと微笑んで受け取らなかったのだろうか。
 

 ばあちゃんは、俺がそれに気付く前に亡くなった。
 病院に見舞いに行ったときも、やれミカンを食べろだの、逆に世話を焼いてくれた。俺の想像をはるかに超えて、治療は苦しかったはずなのに、いつも誰かのことを一番に思いやってくれた、優しかったばあちゃん。
 



 あれからもう、八年が経つ。
「ぱぱ、ほらっ!たべてぇ」
 急かすように、俺の鼻先にそれを押し付けてくる娘。我に返った俺は、仰々しく娘からそれを受け取って一口。苦手な甘い味が、口いっぱいに広がった。不安そうな視線が、俺の口元あたりを彷徨っている。
「すごく美味しいな。ありがとう」
 そう言って頭を撫でると、ホッとした顔の娘が、嬉しそうに笑う。
 いつも優しかったばあちゃん。その笑顔を思い出しながら、俺はほろ苦いチョコレイトを、口いっぱいに頬張った。
 
 



 

| 「物語」のCapsule | 01:12 | comments(0) | trackbacks(0) | |

スポンサーサイト

| - | 01:12 | - | - | |

Comment

Submit Comment









Trackback URL

http://osunonatsu.jugem.jp/trackback/385

Trackback

Selected Entries

Recent Comment

Links

Profile

Others

ご来場ありがとうございます。

青山のお天気コーナー

青山のゲームコーナー

東京マグニチュード8.0主題歌

槇原敬之:君の後ろ姿

Mobile

qrcode